もはやあまり恨みはないんだけど家虎が滅ぶべき理由だけは書いておこう

そんな話です。

家虎 滅ぶべき

いきなりかなり乱暴な角度で話が始まりましたが。

これ、あくまで「そういう文化が今までなかったところに持ち込むべきではない」とか、「持ち込むとどんな影響があるか?」という話です。
まあ、持ち込むべきではないというのはだいぶ傲慢な感じはありますが、釣り針を用意しないと誰も読んでくれない世の中なので……

釣りしようぜ! お前魚な!
みたいなノリとでも言いましょうか。
違うか。

とはいえ家虎が生きる場所、場面が存在しているのは理解していますので、できればそういう場所でひっそりと生きていってほしいなあと願うばかりです。

とかそんな感じのことをいうとだいたい「〇〇なら良いのか」みたいな話題すり替えおじさんが出てくるのが世の常ですよね。
それに関しては、誰もそんなことは言ってねーだろ勝手に言質を取るなという他ありません。

ああいう、勝手に話を不利な方に不利な方に進めていく手合って、インターネッツでプロ市民をしているよりもヤクザか詐欺師をしていた方が才能を生かせそうですよね。

何の話でしたっけ。

家虎って割とこう

家虎を他所に持ち込むことの影響とかそういう話をしようとしてました。

これはもうバッサリと結論からいきますけど。

あれ、呪いに近いものがあります。

どういうことかというと。
人間の認識は「一度知ってしまうとそれをなかったことにはできない」ということですね。

一度でもそのコールを聴いた人は、家虎が入らない現場でもそのコールを想起してしまう状態になります。

似たような例

いやそんなの言いがかりやろみたいに思われる、幸いにして家虎の呪いにかかっていない幸せな方もおられるでしょう。
そんな方も、たとえばこう考えてもらえると理解しやすいかもしれません。

空耳ってあるじゃないですか。
なんかの曲のフレーズに対して、「こう聞こえる」と聴いた瞬間にそうとしか聞こえなくなるみたいなやつ。

みかんでマッサージとか、あんこ入りパスタライスとかそういうやつですね。
ネタが古いか?

あとは美女とゴリラの絵とか、婦人と老婆の絵とか。
谷間を存分に出した美女の後ろにそっと佇むゴリラに気付かないとか、見方次第で婦人にも老婆にも見える絵とか、そういうやつです。

そういう空耳とか騙し絵って、一度気付いてしまうとそれ以降はそうとしか思えない、あるいは気付かなかったときのことが思い出せないみたいな状態になりますよね。

そういう感じで、もはや入っていなかったときの状態が思い出せなくなるわけです。

どっちの責任か?

そんなわけで。
それまで家虎という文化がないところに家虎を無理やり持ち込むと、その文化にいる人に家虎を警戒するという影響を与えてしまうという話でした。
**「そうとしか思えなくなる呪い
をかける」**というのは空耳や空目のネタを提供するときの常套句ですが、それに近いレベルで家虎は呪いに該当するわけですね。

これに関して、叫ぶ側としてはそんなん知ったことかと思うんでしょう。
それは仕方ないのかな……と思うところはありますが、とはいえそのスタンスはなかなか乱暴だよなあとも感じます。

あれですよね。
「そう思うのはお前の勝手」とか、「そう思ってしまうお前が悪い」とか言うのって、「嫌なら見なければいい」と言いながらSNSで迷惑行為をする犯罪者と同じ論理ですし。

もっと極端なことを言うと……それって、体が勝手に反応してしまうのをして「実は待ってたんだろ」とか言っちゃう、エロ漫画におけるレイパーおじさんと似たようなスタンスですよね。

そうやって考えていくと、家虎の文化がない現場で家虎を叫ぶ方々はナチュラルボーンレイパーの素質があるのかもしれません。

あれです。
滅ぶべきというのは極論なんですけど。

できれば今後の人生において、そういった罪を犯さないでいただけることを願ってやみません。

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