【パッションテスト】ないことねだりをしてないで、否定形ではない、本当に欲しいものを見極めよう。

前回のパッションテストから、しばらく経ちました。
どうやら半年周期で受けなおすものらしいです。
前回は1月。
パッションテストやってみたけどやっぱりろくでもない結果になった。|アルパカのサンドバッグ

いや、忘れていたわけではありません。
むしろ意識したまま1ヶ月うだうだ過ごしてしまいました。
(なお悪い)

前回テストを受けたときにも感じましたが、否定形がわんさか出てくるんですよね……。

そんな中で感じたことをちょっと書いてみます。

パッションテストとは?

解説書はこちら。

やりたいことだけをやる、そのために、自分が何に対して情熱を持てるのかを明らかにするテスト。
残念ながら、大量の質問に答えたらあなたの情熱はこれ!とか出してくれるような診断ではありません。
自由に自分のやりたいことを書き綴って、それに順位をつける。
という、なんとも原始的なテストになります。

これ、前回もそうだったんですけどどうにも苦手なんですよね。
否定形と言うか、『ないこと』ばかり欲しがってしまうんです。

働きたくない、苦労したくない、何もしたくない!

ないことねだりはできない。

さて、前回に引き続いて否定形で悩まされています。

でも、『ない』状態を思い浮かべるのは意味がないんですよね。
これはパッションテストと言うか引き寄せの法則とか深層心理の本でよく出てくる話で、前回のテストからいろいろな本を読んで学びました。

脳って、『ないこと』は考えられないんです。
よく言われるのが、『ピンクのゾウを考えないようにする』ことはできないということ。
その対象のことを考えないようにしよう!……と考える時点で、思い浮かべてしまうんですよね。

それと同じで、もしあなたが『ああはなりたくない』と思うとき、脳はその『ああ』いう状態を強く意識してしまうわけです。
そして、『ああ』いう状態を引き寄せてしまったり、実現しようとしてしまったりする。

というのが『ないことねだり』ができないという理屈です。

能動系にするあの手この手。

ないことをねだってはいけない。
とすれば、どうすればいいのでしょうか?

それは、言い換えや具体化によって実現できます。
たとえば『理想の人生を送っているとき、私は働いていない』というパッション(のようなもの)があるとしましょう。

そこで、『それはつまりどういうことか?』と考えるわけですね。

極論、交通事故で全身ぐるぐる巻きになって入院、保険金が降りたから生きることだけはできる……みたいなケースも、『働いていない』状態には違いないですよね。
そんな状態でも働くよりはマシ、と言う人もいるにはいるでしょう。

でも、一般的な人が願う『働きたくない』は、このケースを含まないと思います。
たぶん。

自分のパッションを見極めよう。

このように、働かないと一口に言ってもいろんなケースがあるわけです。
生活を支援してくれるたくさんの友人がいるとか、金利で生活できるほどの資産を所有しているとか。

YouTuberのような職業を、『働かずに遊んで生活している』と見る人は多いでしょう(と例に挙げるくらいには、僕も多少はそう思っています)。
あるいは、週に1~2日しか働かないような効率の良い職業に就いている人もいますよね。
その状態は週に5日働くサラリーマンからすれば、十分に『働いていない』という要件を満たしているかもしれません。

上記はいずれも、『働いていない』状態を満たすものかもしれませんが、人によってどれを望むかは変わってくるはずです。
このように、言い換えたり具体的にしてみることで、能動的なパッションが明らかになっていくわけですね。

何が欲しいかを明確にする意味。

何が欲しいかを考えるというと、どうしても日本人はブレーキを踏みがちです。
遠慮を美徳と考える時代は長かったですし、そんなことを書いている程度には僕もその風潮に染まっている自信があります。
それでも、全体のパイが拡大していて、遠慮していても『まあまあそういわずに』と取り分が増えていた時代は良かったんです。

ただ、時代が変わってしまったんですよね。
いまは、遠慮したら『そうですか』とそのまま取り分を持っていかれてしまいます。
かといって、あれもこれもと欲しがってもそのすべてが得られるわけではありません。

仮に手に入れることができたとして、それは誰かの取り分を奪う行為です。
最悪、誰かを傷つけ、敵に回すことになるかもしれません。

本当に欲しいものなら、それも仕方ないことかもしれません。
でも、実はどうでもいいと思っているものを雰囲気だけで欲しがって、関係をこじらせるのは愚かなことですよね。
だから、優先順位を明確にして、自分は何が欲しいのか?をはっきりさせる必要があるのです。

もしあなたが本当に他の人の満足を望む聖人なら、今までどおり遠慮していればいいでしょう。
でも聖者のふりをしたいだけの一般人は、そろそろ自分が聖者ではないことを認めないといけません。

むすび:いいからパッションテストやれよ。

というわけで、パッションテストをやりたいけど否定形に悩まされるといういつもの流れを打破するためにいろいろと書いてみたんですが。
そんなことを書いている暇があったらパッションテストを進めたほうがいいんでしょうけど、これがなかなか。
退職が現実的になってきているいまこそやらないといけないんでしょうけども……。

いまのところこんなことが浮かんでいます。

  • 花丸さんを大切にしている
  • 興味が沸いたことを大事にしている
  • したいことをしている
  • 弁天島の管理に一枚噛んでいる
  • 楽しいことでお金を稼いでいる

謎の弁天島。
あともう少し浮かべないといかんのです。
自分が働きたくないと思うとき、本当は何を考えているのでしょう……?
仮定の話なら、なんだって言えるんですけどね。
自分に当てはめたとき、それは本当だろうか? と思ってしまいます。

やりたいことなんて、やってみないとわからないとも言います。
言い換えるための経験が足りていないのかもしれません。



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