みなし残業の会社に転職してみて感じたこと
みなし残業。
残業地獄を改善するための銀の弾丸……とまでは行かないまでも、改善する助けになる仕組み。
そんなふうに考えていた時期が、アルパカにもありました。
みなし残業。
転職した会社がそれでした。
これくらいは残業するだろう……というみなしでお給料が決まるため、ほぼ固定給。
そんな会社です。
なお基本給。
で、この残業代。
数十時間分なので、けっこうな金額になるわけです。
転職したときは「これで額面上はやや年収が上がった!」などと喜んでいたのですが。
数十時間の残業代を含めた上で残業代が削られていた前の会社より微増なので基本給としては下がっているという事実に気付いたのはしばらくあとのことでした。
まあ、前のところは残業代を露骨に削りに来ていた(ただし残業は減らない)から辞めたんで、ダメでもともとという話はあるのですが。
減らない残業。
はなしがそれました。
そんなわけでみなし残業。
一説によると、「残業をしてもお金がもらえないなら労働者は労働時間を短くしようとする」という理論により、残業削減の効果がある(笑)そうです。
いやね。
やってみてわかりました。
そんな効果はないです。
残業の多い少ないなんて、降ってくる仕事の量とそれに対してどれくらい抵抗できるかの空気感で決まるものであって、報酬に対する時間効率で決まるものじゃないんですよ。
その辺、「お金をもらっている以上は身を粉にして働かなければならない」とか「楽して稼ぐのは卑しいことである」とかそういう前時代的な価値観が透けて見えます。
そういう時代じゃないんだよ。
こないだ読んだ雇用・利子および貨幣の一般理論(漫画)にも書いてありました。
そもそも労働者は労働時間と賃金を結びつけて考えていないだとか、物価が高くなったときにより多くの賃金を出す会社がいないのと同じように物価が安くなったときに賃金が安くなることを受け入れる労働者などいないとか。
労働時間と生産性が正比例する牧歌的な時代はとうに終わっている……らしいですよ。
80年前に。
残業によって労働時間を確保して生産性を生み出そうとしているファッキンジャップとしてはめっちゃ耳が痛い話ですね。
たぶん、これを認めるところから始めなきゃならんのでしょうね。
残業によって頑張っている感を感じられるのが好きということを。
価値観はそうそう変わらないから、まあ今生きてるおっさんがみんな死ぬ頃には問題なくベーシックインカムなんかも導入されていくんでしょうね。