謎かけみたいな指示を出しておきながら認識齟齬が起きると喰い殺すが如く叱責する現代のスフィンクスについて

リトリカルクエスチョン話。

疑問文の形をしてるけど別の意味(叱責とか糾弾)を表している言葉、のことを言うらしいです。

「なんでこんなこともできないの?」

みたいなやつですね。
これくらいまでくるとむしろわかりやすいんですが、たまにフェイントを仕掛けるが如く巧みに使い分けてくる人がいます。
たぶん、自分でも気付いてないレベルなんじゃないかな。

なにが問題か?

っていうと、だいたい話がこじれます。

なにしろ文面は疑問文で、真意は叱責ですからね。
さっきの「なんでこんなこともできないの?」に対して「はい、いままで習う機会がなく、向上心もないので自分から学ぶことをしていなかったからだと思います」なんて元気良く答える人はいないとは思いますが。

とはいえそういうやりとりが続けば、いつかは正解を引けずにさらに怒りを買うことが起きます。
叱責を質問だと思って「そういうことを言ってるんじゃない」となるか、本当に質問しているだけなのに謝ってしまって「いいから質問に答えろ」となるか。
いずれにしても火に油、更に怒りを買う結果となります。

で、そんなことが起きれば当然ながら、普通の疑問文に対しても「これは普通に聞かれてるのか? それとも怒られてるのか?」という疑問の余地が発生します。

それって、純粋にコミュニケーションの余分なコストですよね。
いちいち確認の手間が発生するのでだるいわけです。
だるいがゆえに、その人とのやりとりを避けがちになる。
そうするとさらにコミュニケーションの齟齬が深まっていく。

……という理想的な悪循環が生まれます。

スフィンクス系上司

このリトリカルクエスチョンを駆使する上司のことをスフィンクス系上司と呼ぶ提案をしてみたりもしましたがあまりウケませんでした。
世間は厳しいですね。

真意は別にある?

ちなみにこういうタイプの人が身近にいるからこんなことを書いてるんですけど。

傍から見てると、たぶんなんですが「育てよう」と思ってそういうことを言ってるんじゃないかな?
と思うフシがあります。

自分で考えて動くようになってほしい。

だから、質問をして考えさせたい。

みたいな。
たぶんですけど。

で、そう思ってると会話のベースが疑問文になってくるんですよね。
なんでもかんでも問いかけになっていく。

たぶんそれ自体は、単なる手法ですよね。
良い悪いではなくて。

ただ、この手法にはいくつか前提が必要な気がしています。

スフィンクスにならないためには?

疑問文を多用して部下に考えさせたいと思うときに必要な前提。

ひとつは、冒頭でも書いたリトリカルクエスチョンをうっかり使ってしまいやすい、ということです。

要するに疑問系を使うのがくせになってしまって、叱るときにも疑問形になってしまう、ということですね。

ただまあこれに関してはせいぜい気をつけてください、ということしかできません。

そしてもうひとつは、相手との信頼関係が必要なんじゃないかな……ということ。
よくわからない相手から質問攻めにされても、「嫌がらせを受けている」とか思うだけですよね。
そうじゃなくて、「この人は自分のためを思って言ってくれているんだ」と思ってもらう。
そういう関係があってはじめて、質問をしまくって考えさせまくる、という手法が成立するんじゃないか。

そんなことを思いはするものの

面と向かって言う気にもなりません。

下手に声をかけたら質問攻めにされて喰い殺されちゃいますからね。

スフィンクス怖い。

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いらっしゃい