クソみたいな記事を書いたという自覚があるので添削してみた

クソ記事を書きました

先日公開した、ぶっちゃけるぞー!という記事。
我ながらすごいくそっぷりだったなと思ってます。
反省のため、分析しつつ今後に生かそうと試みました。

そも、武器としての書く技術を読んでいたので、なんとなくもやっとしたものはあったんですよね。

誰かに気を使って書いた記事は、面白くない。
ということは読んで、なるほど、と思っていたのですけれど。
冷静に我が身を振り返って、うわぁ、気を使いまくりだ、と思い至りました。

そもそもあれはなんだったのか?

さて、添削するために、まずは自分の言いたいことを整理してみます。
要するにあの記事で言いたいのは、こういうことでした。

  1. ラブライブ!サンシャイン!!のアニメに対する批判が多くて悲しい
  2. 何らかの『気に入らないポイント』をもって批判する人は、そもそも『コンテンツに飽きている』のではないか。
  3. 飽きてる人はなにやったって文句言うんだから気にしたって仕方ないよ僕。
  4. そうだね僕。

2とか、生意気にもアドラー心理学で自己弁護しようとしています。
それと、3と4は、ブーメランを投げているフリをしたいだけですね。

アルパカが本当に殴りたかったもの

虚飾を取り払って、僕の言いたいことを素直に取り出すと、こうです。

「嫌いなら黙ってろ」

わかりやすいですね。
ただ、どうせ嫌いな人には何言っても仕方ないですし、嫌いであることを公言するのをやめさせる権利は誰にもありません。
なので、せめてそれを見る人には、気にしないでいいんだよと言いたい。
そういうことだと考えられます。

こうして整理すると、別に変なことは言ってません。
変に照れが入ったのか、意味もなく自分を間に噛ませてるのが滑稽ではありますが。

でもこれ、本当に言いたいことにふたをしている気がします。
そもそも言ってることが月並みで、つまんないです。

改善案

というわけで、どうすればいいかを考えてみました。
こんなときに役に立つ方法を、誰かが言ってました(某イケダハヤトさんだったかな?)
こんなことです。

毒を吐きたくなったら、対象を個人から社会に拡大するといい。そうすればあなたの言いたいことは、「個人攻撃」から「意見」に変化する。

これを適用できないかと考えてみます。
「嫌いなら黙ってろ」と言いたいのに、「そういう意見に耳を貸すな」と変化させるのは、妥協というか逃げですよね。
そうではなく、何か別の、思わずうなってしまうような鋭い意見に進化させられればよさそうです。

「思わずうなってしまうような鋭い意見」とはまた自分でえらいハードルを上げたもんだとは思いますが。
自分でエウレカと思える程度のひらめきならよしとしておきましょう。
さて、そんなことをうだうだ書いているうちに、だいたいの方向性が浮かんできました。

タイトル案

一つ目です。

  • アニメの展開が受け入れられないのは『飽きている』からかもしれない。

アドラー心理学をごり押しする方向です。
たぶん、本当に好きなものに注力する方が建設的だよ、みたいな方向に話が進みそうです。

二つ目。

  • アニメの展開が受け入れられない人たちは、もうラブライブ!に飽きてるんだよ。

だいぶ攻撃的になりました。
某イケダハヤトさんの影響を強く感じます。
作品名も入ってますし、なんていうかグローブを外して殴っている感じがあります。
こっちは『無理して好きなフリを続けないで、それぞれの道を進もう』みたいな感じに落ち着きそうですね。
言ってることは同じなんですけど。

三つ目。

  • 1話ごとに手のひらをひっくり返すヲタクには自我というものがないんだろうか

前々から『ヲタク手のひら返すの早すぎ』とか思ってましたんで、そっち方面に膨らませます。
別のネタと組み合わせるのもありかなあと思いました。
結論については浮かんでおらず、またもう少し考えてやる必要はありそうです。

全部書いてみよう

どれにしようか・・・なんて考え始めていたのですが。
別にどれか一つしか書いちゃいけないなんて誰にも言われてませんでした。

せっかく浮かんだので全部書いてみようと思います。

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