高度に発展した技術は魔法と見分けがつかない。
というのはどっかの本に書いてあったことだが。
見分けがつかないかどうかはともかくとして、区別する理由はずいぶん前から失われている。
たとえば、スイッチを入れると明かりが付く装置がある。
このとき、重要なのは「明るくなる」という結果であって、その装置が「電気と魔力のどちらで動いているのか」はあまり重要ではない。
別に魔法で光っていたっていいのだ。
未知の技術には人間は恐れを抱くから、実際に魔力なるもので動く装置があったとして、それが浸透するにはそれなりに長い時間が必要となるだろうけれど。
だがまあ、一般的な意見として、魔法はない。
で、プログラマである。
プログラマというのはどういう人間か。
普通の人間である。
ただ、ちょっとプログラムを作ることができる。
ここでいう、プログラムというのはなにか。
要するに、関数のことだ。
要せていない気がする。
決められた入力に対して、決められた出力を返す装置。
それが関数であり、プログラムも突き詰めれば、そういうものだ。
で、その装置は別に、プログラムでなくてもいい。
装置が必要なのであって、それがプログラムで実現されている必要はない。
そう、魔法によってそれが実現されていてもいいのだ。
ただ、そういう関数が求められていて、そういう関数に価値を感じる人間がたくさんいる。
それが今の世界だ。
だから、プログラムよりもはるかに簡単に、同じことが実現できる魔法なるものがあれば、プログラマは駆逐されるだろう。
だが、魔法がない。
だからプログラマがいる。
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