国木田花丸考。花丸さんとの松月デートでのポーズについて。

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この件について、以前から着想はあったのだけれど、いまひとつ愉快な結論には至らなかったというか、室田さんうらやましいなというか、詳しくは後述することになるのだが、要するにあまりやる気になれなかった。

だがネタを頭の中で燻らせていても、それこそ愉快なことにならないというのは以前に考えた通りだ(関連:世の中にはいろんな人がいて、だから無駄なことなんてない)。仕方ないので、吐き出してみるとする。

松月デートの花丸さん。

2017年2月号の表紙を飾った、国木田花丸と松月でデート、というテーマのイラスト。AZALEAを思い起こさせる、白を基調とした非常に可愛らしい衣装で身を包んでいる。そこから、こちらに全幅の信頼をよせ、『あなたが選んでくれたケーキが一番美味しいと思える』などと、これまた可愛らしいことを言ってくれる。

もとより小さな体を折り曲げて、ショーケースの前に小さく座り込む花丸さんは実に愛らしい。また、その『ちょこん』という擬音がよく似合う座り姿から振り向きざまにこちらに向ける、少し照れつつも優しいその視線は、見るたびに深い感動を与えてくれる。気付いたらもう一冊買ってた。

正直なところここで一位になってしまうと次以降のセンター決定総選挙が、などという思いはあったものの、このイラストを見ているとどうでもよくなってくる。投票してくれた人ありがとう。そんな風に、思わず世界平和とか、万物への愛を叫びたくなるような気分になるのだ。

同じポーズが存在する。

さて、そんな感じで多くの人を幸せにしたであろう松月デートイラストだが、初見の感動に一段落ついたとき、妙な既視感を覚えることに気付いた。

このポーズ、どこかで・・・? というやつだ。しかし、思い返すまでもない。ちょこんと座り込んでこちらを見ている、というイラストは、一番最初の花丸さんのイラストである。毎朝タペストリーで見てる。

比べてみる。

向きや角度が異なるので使い回しなどというつもりはない。が、この2つがよく似たポーズであるのは間違いない。

理由を考えてみよう。

このイラストは、選挙で一位になった結果描かれたもので、大人の事情を考えても、重要な意味を持つものだ。

つまり、それなりに案を練り込まれているはず。となれば、似ているポーズが採用されたのなら、それに足りる理由が存在しているはずだ。

そして、そのポーズが採用される理由なんていうのは、それが魅力的だからという他にはあり得ない。となれば、それを魅力的だと思う誰かが存在するというのも、当然の帰結である。

『それが好きな誰か』は誰か?

さて、ここが問題だ。すなわち、誰が花丸さんのそのポーズに魅力を感じているのか?

まずは、作中で考えてみる。つまり、これがイラストでなくて写真であり、例えば他のAqoursのメンバーが撮影したものである、とした場合だ。

この場合、その『誰か』は・・・他の一年生のどちらか、あるいは両方だろう。ぱっと思いつくのはルビィだが、以前のG’sの記事にでヨハネが花丸さんに、『夢で夜空を照らしたい』の衣装を着せる話があった。その中で、花丸さんが採寸時より育っていることに文句をつけつつも、妥協せずに着付けていくヨハネが描かれている。花丸さんを魅せるということに関しては、ルビィに劣らない情熱を持っているものと察せられる(どれくらいアニメの影響を受けているのかはひとまず置いておく)。

次に、現実で考えてみる。現実の場合も上記のように、誰かが撮影しているといった『そういう設定』があることは珍しくない。だが、現実の場合はその先が存在する。つまり、描いている人か、それを依頼した人か、である。そこに、『誰か』は存在している。

むすび:中の人に嫉妬してどうすんだ。

松月デートの花丸さんは、花丸さんの魅力を十二分に生かしたポーズである。そしてそれは『誰か』の趣味である。その趣味はルビィやヨハネというフィルタを通してはいるものの、確実にその背後には、絵師ないしは編集者がいるんだよね・・・という話。

そして、それが無性にうらやましいと感じてしまうという、かなりこじらせてしまったヲタクの妄想をお送りした。とうとうガワを作っている中の人にまで怒りの矛先が向いたのかと思うとなかなか感慨深いが、信仰の対象を描く人はそれこそ神に等しい存在である。

神に反逆してもどうにもならない。適度なところで自重して生きていく術を身に付けたいところだ。

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