【いまは癌に効きませんが】推しの切り抜きは健康に良い【そのうち効くようになりますわ】
やってみないとわからないことがやっぱりあるものですわ。
きりぬきといふものをアルパカもしてみむとてするなり
なんか見所だけピックアップした短い動画というのをよく見かけます。
なんだろうなあれ……とか思いつつ、個人的にはつまみ食いしてるみたいでなんだか微妙な気持ちだったんですけれど。
なんか簡単にできそうだったのでやってみたんですよ。
自分向けとか、予防線貼りまくりですが実際自分向けなので問題ありません。 なおマジでほぼ誰も見てなくて、これ書いてる時点で17viewです。
でもこれ、作ってて気付いたんですよね。
めちゃくちゃ楽しいし健康にいいということに。
ということを取り急ぎご報告いたします。
いや、まじでいいですよこれ。
たぶんそのうち癌にも効くようになります。
セリフ起こしも楽しいです。
きりぬきって簡単にできるんですね
今はYoutubeってこれ見よがしに切り抜け!と囁きかけてくるボタンが配置されているんですね。
どっちかっていうとニコニコユーザーなので知りませんでした。
ためしに押してみたら、スマホで動画ファイルの範囲をするようなノリで簡単に作成できました。
作成したら、あとは共有したい媒体を選ぶだけ。
切り抜きのタイトルだか概要だか、小っ恥ずかしいものを入力する必要はあるものの、浮かばなければ全角スペースで問題なく突破できます。
まじで楽でした。
ちなみに仕組みとしては別動画を作るのではなく、あくまで元の動画を指定秒数から再生するだけなので、推しの再生数やら収益を奪うみたいな心配は無用っぽいでした。
具体的な効能は
そんな感じの切り抜きなんですが、もちろんいくら操作が簡単とは言ってもやっぱり切り抜くとなると開始終了を決める必要が出てきます。
あたりまえすぎますが。
前述した動画ファイルのきりぬきなんてのは今のご時世ならどなたもどこかでやったことがあると思うんですけど(なかったら想像してください)、簡単にはできないわけですよ。
ちょうどいい始点と終点を探して、何度も動画を再生する必要があります。
否、仮にちょうどいい始点と終点を指定できたとしても、それがちょうどいいことを確認するためも再生が必要です。
なにしろ文字と違って動画は流さなければ確認のしようがありませんからね。
で、それこそが健康に良いポイントでして。
切り抜こうと思っている場面は、切り抜こうと思う程度には自分が良いと思った場面なわけです。
そんな自分の好きな場面で、好きな人間が喋っているところを何度も何度も聞き返すことができる。
これを幸せと言わずしてなんと言いましょう。
切り抜きである必要はあるのか?
ちなみにこれ、単に何度も配信を聞き返すのとはまたちょっと違うんですよね。
だらだらと目的もなく同じことを繰り返すのってにんげんは苦手です。最初は良くてもすぐに飽きます。
「いつまでもみてられる」は嘘です。だからその手の動画は耐久という名前が付くんですね。
でも切り抜きという目的がある状態でなら、比較的ではあるものの、繰り返しを受け入れやすいです。
目標があるとにんげんは頑張れます。
それにいつまでもまったく同じと言うわけでもなく、ちょっとずつ……0.1秒とか、0.01秒とか。始点終点をいじることで、繰り返されるものはやはりちょっとずつ変わってきます。
そしてそれに対して、「良くなった?」「悪くなった?」「さっきの方がよかった?」「さっきってどこから開始だったっけ?」などと常に考えることができます。
いつまでも飽きることなく好きな人の好きな場面を摂取し続けることができる。
満腹を気にせずに永遠に好物を食ってられるようなものです。
こう書くとなんらか悪影響がありそうにも見えてきますが……まあ、時間は相応に取られますね。うん。
諸注意
さて、そんな感じで切り抜きってすごい、ということを感じたのですが、おそらく気をつけていた方が良さそうなこともあるので思いついたところを書いておきます。
クオリティとか気にしない
こだわり出して嫌気が差してきたら本末転倒です。
間違っても世間に転がってるリッチな字幕とかつけてる切り抜き動画なんかとは比較しないようにしましょう。
そもそも切り抜きを終えて現在、自分用と言っておきながらあれですけどあの切り抜きはまああんまり見ないだろうなという気がしています。
だってねえ、やっぱり普通に見る方が面白いし幸せ指数が高い気がするんですよねぇ……。
忙しい人のための動画は本物にはそうそう敵わないものです。例外はありますがそのSSRを自分が引けることは期待しないほうが無難。
まあそういう意味でも、作っている時の多幸感がメインとして考えて、クオリティ的なところは二の次三の次、という意識でいるのが良いと思います。
どうせ見る人はいないでしょ、自分が見たいから作るだけだから、とかそんな感じで自分をごまかしていきましょう。
このサンドバッグもだいたいそういう気持ちで作られてます。
反省とかしない
前項を踏まえたら当然ではありますが、作ることそのものが目的というか、まさに手段そのものが目的みたいなところがあります。
なので、その動画の良し悪しがどうとかは考えなくてもよいです。
まあ、これも前項の通りですがそもそも見返すことがないでしょうから反省する機会自体がないかもしれませんが。
義務感で作らない
コレクション精神を出すのもいただけないと思います。
冒頭に貼り付けた切り抜きのまとめの最後に宿題とか書いてますが、あれをやろうとしたら大変なことになっているのは目に見えています。
あれをしたのは失敗だったかもしれません。
いつか「ん?」をすべて網羅したいという気持ちはあります。
ありますが、それをするのはそれをしたくてたまらなくなったときにとっておくべきでした。
時間の都合とかで作るのを諦めたのならそれは当然ながらそれなりの理由があるはずで、そこにわざわざ叛逆していく理由はあんまりないはず。
心配せずともそのうちやりたくなるでしょうから、その時を楽しみにしておくのがよいと思います。
そんな感じで
ざざっとかきなぐりました。
切り抜きは健康にいいという話でした。
風邪くらいならいまでも効くと思います。
ちなみに作った動画はTwitterとかに流さずとも、URLだけコピーするなどして自分のなかだけで楽しむこともできますので、承認欲求のモンスターにはなりたくない、という方でも問題なく楽しめます。
気になった方はぜひともやってみてください。
捗りますよ。