健全な肉体に狂気は宿るを聴いて、女性の怒りはポイントカード制って話を思い出した。
不幸に関して、書籍曰く
- もうダメだ! と限界を超えてしまう最後の一滴は、大抵の場合、その最後の一滴が原因ではない。
- その前に溜まりに溜まった出来事が積み重なっているから溢れてしまうのである。
- それらを日々、おちょこ一杯だけでもかき出すことができていれば、最後の一滴が最後になることはなく、なんとか踏みとどまれる。
こんな逸話も紹介されていた。
- アントニオ猪木の話。
- ダウンを取られたとき、それは今までの行動が積み重なった結果であり、それを一度に全部を変えるのは無理。
- でも、指先一本とか、足の微妙な角度とか、そういうほんの少しなら何かは変えられる。
過去は変えられないと思っている人。
何かが変わることで、それ以外の何かが変わる。それを待つ。
それができないのは、過去にとらわれやすい人、自分のせいにして過去を変えられないと思ってしまう人。
過去は現在の経験や文脈によっていくらでも変えられる。
精神に問題がある人は、過去と現在を同じ濃度で語る。時間の尺度が存在しない。なので、その感覚の違う人(=普通の人)からすると、なんか嫌な感じがする。
またもちろん、実際には時間は経過していて、過去は色褪せる。そのうえで過去を現在と同じ濃度で語るためには、それを維持するために多くのエネルギーを注ぎ込む必要がある。
嫌なことを覚えておくためにたくさんのエネルギーを使って、それで『活力が出ない』なんてぼやいている。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
ポイント制の怒り。
さて、これと同じことが『ポイントカード制』の怒りにも言えるんじゃないか。
知らない人のために補足しておくと、これは『妻がブチ切れた理由がわからん』という夫に対しての回答で使われた例え。『女性の怒りはポイントが一定数を超えると爆発するものなので、必ずしも最後の一撃だけが原因ではない』というもの。
よく『女性の』なんて枕詞が付くし、タイトルにもしてるけど、これは必ずしも女性だからあてはまるわけではない。言いたいことを我慢して、溜め込んでしまう人ということなのだと思う。
男性に従うのが女性にとっては美徳、みたいな価値観が色濃く残っている国だから、そういうタイプの人が女性に多いってだけで。
溜め込んでしまうというのは、いつまでもそれに縛られてしまう人。
ノートに書くとか、誰かに話すだとかすることがよく対策として言われている。
これは、外に吐き出すことで自分でそのことと向き合えるようになる、過去にできるということか。
それができなくて、心にいつまでも溜め込んでおくと、ポイントとして溜まって、いつか溢れ出す・・・と。
優しい人を怒らせると怖い、という話とも共通する部分があるように感じる。これも、自分の本心をさらけ出せずに溜め込んでしまう人、ということなのだろう。
むすび:身に覚えのある人は、吐き出す機会を作るべき。
というわけで、嫌なことを溜め込んでしまう人ってポイント制の怒りのことなんじゃないの、という話。
言いたいことが言えなくて、良いように使われているなあ、と心の何処かで感じてしまっている人は、優しいなんて評価に甘んじている場合ではない。
導火線は確実に短くなっているのだから。
対策として、少しでも吐き出せる場を持つべきだろう・・・愚痴を言うのはあまりよろしくないから、ノートかブログにでも。