はなまるびいの馴れ初めの捏造

その子を意識し始めたのは、いつだったかな。

小学校の、2年か3年か。

あるいはもっと前かもしれないけど。

とにかく間違いないのは、自分でもあやふやなくらいの古い付き合いだということで。


まあ、古い付き合いと言ってしまうと、この地元では、誰だって古い付き合いだけどね。

学年より細かい、組という分類は形だけしか存在していない・・・ようするに、2クラス以上は存在する余地がないってこと・・・ずっと同じ顔を付き合わせて、ここまでやってきてるんだもの。


ただ、それでも、社交的とはお世辞にも言えないオラのこと、あまり話したことがない形だけのクラスメイトは・・・正直なところ、かろうじて苗字が顔と一致する程度の認識しかなかった。


そんなオラだけど、彼女、黒澤ルビィちゃん、を初めて意識した時のことは、それでも、自分でも意外なほどはっきりと覚えてる。


でね、ここまでオラが回りくどく話してるのは、つまり、その・・・あんまりいい出会い方ができなかったんだよね、オラたち。

だから、あんまりいい話じゃない・・・と、思うけど。

それでも、聞きたい?



そっか。

じゃあ、ちょっとだけ、付き合ってね。





その頃には、もう、自分が周囲から浮いてるな、っていうのは感じてた。

普通だったら、オラはかなり運動が苦手で、どんくさかったから、からかわれたりするんだろうけど。

お寺の子供というのは、当時のクラスメイトには妖怪の仲間みたいに思われてたみたいで。

みんな、子供だったから。


だから、表立ってなにか、っていうのはなかった、けど・・・。

うん。

やっぱりこの表現が一番しっくりくるんだけど。

腫れ物に触るような・・・まさに、そんな感じだったな。



で。

当時、そんな妖怪の仲間が、たまたま、オラの他にももう一人いたんだよね。

地元の、元、網元の娘。

網元っていうのは、漁師の元締めで、要するに他の漁師、網子って書いてあんごって読むんだけど、を使う立場にあったってこと。


祖父の・・・それよりももう少し上の世代、大戦前、それくらいには当たり前にあった身分なんだって。

だから、あそこの家には頭が上がらない(理由はよく知らないけど)という意識がみんなの中に根強くて。


そして、彼女もオラといい勝負な程度にはどんくさかった。

オラと違って、彼女はとても可愛らしかったから、たぶん、そんな立場がなかったら、それも含めて、オラとはまた違った理由でからかいの種となっていたであろう彼女。


黒澤ルビィ。


オラは、最初は。

彼女のことが、嫌いだった。



意識した、なんてさっきは言ったんだけど。

言ってしまうと、なんてことはなくて。

気に障ったんだよね。


笑い声が。


彼女は、いつも笑っていた。

どんなときも。

いつも。

それは、一見すると、超然としているようだけれど。

なんでか、よくわかった。

本当は、彼女は、笑ってなんかいない。

それどころか、泣いているように見えた。


感情を出したくても、それが許されない。

正確には、許されないと、自分で思い込んでしまっている。

だから、オラの耳には、ひどく空虚に聞こえるその笑い声が、とても障って聞こえて。

その頃、ようやく読める文字が増えてきて・・・読めない文字があっても、読めないなりに、想像を膨らませながら、読書することを覚えていたオラは。

その日、同じページをめくり続けるだけで、次のページに進むことができなかった。


たぶん。

いや、たぶんでもなんでもなく。

あれは、八つ当たりだったと思う。

その日、たまたま日直だった彼女は、先生のお手伝いで少し遅くまで学校にいて。

そして、オラは、読書に夢中になっているふりをして、彼女が戻るのを、待っていた。

同じページをめくりながら。



彼女は、重い溜息をつきながら戻ってきた。

誰もいないと思って、油断していたんだろう。

オラの姿に気付いて、少しだけ狼狽する気配が、本に視線を落とし続けているオラにも伝わってきた。

でも、それも一瞬のことで。

彼女は、腹立たしくも、いつもの調子に、すぐに戻ってしまって。

笑顔で、言ってきた。


「あ・・・国木田さん。まだ残ってたんだ。もう、みんないなくなっちゃってるけど」


たぶん、彼女は怯えてた。

クラスメイトの中でも、話したことのない部類のオラに、話しかけなきゃいけない状況だったから。

大方、先生にでも、言われてるずら。

もし残ってる人がいたら、帰るように言ってちょうだい、とか。

そして、オラは。

その声に、少し間を空けて反応して。

彼女に顔を向けると同時、本を、パタン、音を立てて閉じる。

その音は、決して大きくなかったけれど。

彼女は、その音に反応するように、ぴくり、と震えて。

趣味の悪いことに、オラはそれを見て、少し溜飲が下がった。



「ほんとだ、もうこんな時間なんだね」

オラも、負けず劣らず、わざとらしい調子になってしまった。

これからやろうとしてることを前に、少し緊張してるのかも。

これからやろうとしてること。

って言っても、ぜんぜん大したことなんてなくて。

皮肉を言う。

ただそれだけだ。

本当に、なんてことないことなんだろうけど。

そもそも誰かに言おうと思ったこと自体、これが初めてだし、なんなら皮肉じゃなくても、これが初めてかも。

・・・そう思うと、彼女に何かを言おうってなった、その時点で、オラには彼女は特別な存在だったのかも。

好きな子をいじめたくなる小学生じゃないんだから・・・とは思うけれど、当時のオラは小学生だったから、うん。

おまけしてもらえたら幸いです。



それはともかく。

しばらく間が空いたから、彼女は、怯えたような雰囲気から、困ったような雰囲気に変わっていた。

気を取り直して、彼女に呼びかける。

「黒澤さん」

「う・・・ん。なに?」

「いま、楽しくない、ずら?」

「・・・え?」

「嬉しくないずら。いま」

「え、と。それは、まあ・・・」

「だったら・・・笑わなくてもいい、ずら?」


そこで。

なんとなく、言いたいことを察したみたいで。

彼女は、弾かれたように顔を背けた。

半分だけ見えるその顔は、笑顔ではない、少し泣きそうな顔で。

まさかそんな顔をするとは思っていなかったオラは(どんな顔をすると思っていたのかと言われれば、そんなこと、かけらも考えてなんかいなかった)、次の言葉を考えようとした。

でもそれもつかの間のことで、そして結局、何かを言う必要もなかった。

というのも、彼女の返した言葉に、オラも顔を背けることになってしまったから。


「そうだね。ルビィ、無理して笑ってるかも」

そこで、あはは、とまた困ったように笑う。

皮肉なことだけれど、自嘲じみたその笑いは、それでもずっと、さっきまでより素直な笑顔に見えた。

そのまま、彼女は言葉を続ける。


「でも・・・国木田さんも、笑ってるよね。ずっと」

「・・・へ?」


自覚はなかった。

でも、確かに・・・視界の端に、暗くなり始めた教室の窓が目に入る。

そこには、薄い笑顔を貼り付けた自分の顔が、映っていて。

そういえば。

自分でも忘れてしまうほどに常態になっていたけれど。

オラも、周りのいろんなことをやり過ごすために、笑顔でいるようになったんだっけ。

彼女へのやっかみが、そのまま同族嫌悪であると自覚した瞬間に・・・顔から、血の気が引く感覚と、頰が紅潮する感覚が同時にやってきて。

たまらず、顔を伏せた。



オラも、そういえば・・・同じだった。

笑うのは、自己防衛だ。

感情のままに振る舞うと、周囲をむやみに振り回すことになる。

お寺に世話になっていない人なんて、いないから。

だからその子供にも、周囲は自然と、気を使うようになって。

はしゃいでいれば、その機嫌を損ねないように。

泣いていたら、誰が泣かせた、と犯人探しが始まる。

そんな周りが息苦しくて。


いつからだったか。


一喜一憂するのをやめた。


いろんなことを、笑って、なんでもないように、なんでもないことにして。

不思議と、笑っていれば、気分も穏やかになってきて、実際に、なんでもないような気持ちになれたから。

それをして、周囲はおおらかとか、落ち着いているとか、言ってきて。

そのことにも、反発を覚えなくなったのは・・・いつからだったかな。

そういう細かいことも、気にしなくなってしまったから。

わかんないけど。



国木田さん、と呼ぶ声に、ふっと意識が引き戻される。

どうやらオラは、彼女の言葉に衝撃を受けて、目眩を起こしていたみたい。

人を呪わば穴二つ・・・なんて、そんな段階の話ですらないけれど。

なおも呼びかけを続ける彼女の声を聞き流しながら、そんな益体のないことを考え続ける。

意趣返しというわけではないずら?


「や、ちょっと・・・立ちくらみ、かな。大丈夫だよ、えへへ・・・」

まさかあなたの言葉に衝撃を受けて気絶してましたなんて言えなくて、自分でもわけのわからないことをもごもご呟いて、言い訳する。

そしたら、それを見て、彼女が笑った。

よっし、なんてガッツポーズなんて、したりして。


「え?」

「え、いや、国木田さんが、笑ったから」

「・・・ええ?」

なおもわからず、疑問符だけで横着じみた問いかけを続ける。

要するにオラは、自分のやったことをすっかり忘れてしまっていたんだけど。

「だから、ほら・・・私に笑わないでいい、なんて言った国木田さんが、困って笑ってるから・・・」

オラは、なんとも返す言葉が思い浮かばなくて、黙り込んでしまった。

確かになんとも、趣味の悪いことをしたものだ。


「あれ、ルビィ、もしかしていじわるしてるかな」

「いや、その・・・それを言ったら、最初にやったのはオラだから・・・」


とてもとがめる気にもならない。

それに、その。

嬉しそうにしている、今の彼女の笑い声は、ぜんぜん不快じゃなかったから。







詰まった



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