健全な肉体に狂気は宿る、確かに途方にくれるための本だ。

健全な肉体に狂気は宿る、という本を聴いた。
例によってAudibleで。

内容は、特に方向を定めずに収録した(ように見える)対談を文字に起こしたものだ。
それだけでも大丈夫かよと思うところはあるが、本文中でも『読んだ人が途方にくれるような本じゃなきゃダメ、この本もそれを目指す』なんて言い出す始末だ。

今回、聴きながら気になる部分をメモしていった。もちろんこうしてネタにするためだ。
なのだが、改めて見返すと、さすがに内容にまとまりがなさすぎる。
とはいえまとめられないような本をこそ目指しているのだろうし、それを尊重して、特にまとめることもなく叩きつけようと思う。

精神科にかかる人の話。

現実に目を向けたくないから現状維持を望んでいて、解決のためのポーズとして医者にかかる
(女子大生を多くみているが)多くは母親のコミュ障が伝染する感じがある。母親はほしいメッセージしか受け取らない。それを娘が受け継いでいる。
世界が虫食いの状態。それに慣れきっているので、意味の通らないことに鈍感になる。本などを読んでいても、調べようという発想が出てこない。わからないことに気持ち悪さを感じないから。
コンテンツではなくマナーの感染力は強い、その辺りも関係している?
乖離症(記憶にありません)は根本的な解決にならないが、感染力の強さゆえにみんな使ってしまう…政治家でさえも

ざっくばらんすぎる人格障害評。

人格障害は国によっても定義が変わる。
中国やフランスには人格障害のボーダーラインはない。
社会と折り合いがつかないから病院などで対応する必要がある。必要なければ病院なんていらない。
「人格障害って、要するに、嫌な奴のことでしょう?」
読んでて心配になる。

子供の諦めの早さ。

原因の1つは、子供の頃に虐待などを受け、それを自分のせいだと思い込んでしまうケース。それにより根拠のない罪悪感を抱えてしまっている。
とはいえ、ソリューションを受け入れるのが早すぎる。それも出来合いの、ひきこもり、とかニート、なんて言葉にすがってしまう。
そういうよくわからない状態が悪いんであって、自分は悪くないという構図に逃げ込む。
最終的には誰でも、自分専用のソリューションを取り入れる必要がある。それが一人一人違うということ。
それに、ソリューションを変える瞬間は、その後に楽になろうが苦しくなろうが、なんであれつらいもの。
となれば、安易に楽な解決法にしがみつくと、どんどんそれ以外の選択肢が取れなくなっていく、自分で自分の首を絞めている

悩み多き人生、病の人生

悩み多き人生は、なんだかんだで生きるためにもがく方向。生きるから悩むという前提がある。
病の人生は、現状を『病』という言葉で覆い隠す。
楽な解決法だけど、病から抜け出すと、もっとつらい現実の問題に対処しなきゃいけない。
共犯関係。

本で読むライフスタイル。

世の中が言ってるよくわからない枠組みに自分が含まれていることを確認したがる。
理想の将来はみんな似たり寄ったり。
時代の流れによって流行り廃りがあるが、流行りは『勝ち組にはなれない』なんて理由で廃れる。そんな考え方がそもそも間違ってる。
世代論を受け入れても、これまた一時的な解決にはなるかもしれないが、根本的な解決にはならない。
80歳までの人生設計なんていうけど、明日死ぬかもしれないということについて考えている人は少ない。
平均収入から外れてても気にしないのに、平均寿命があると信じている。
みんなそうだから。という、集団に埋没することの危うさが、このあたりにある。
自分の人生についてあれこれと制限をかけてしまっている。
可能性を見限ってしまっている。
ライフスタイルを本で読む人は多い。
多くの人を単一の方向に流す本はよくない。
読んだひとが途方にくれないとダメ。この本もそれを目指す。
取り越し苦労しないようにすることが大事。
望んだことが起きるというのもあるが、現実には必ず予想していないことが起きるものなので、身構えていると対応できなくなるから。
人事を尽くして天命を待つというか、そういう、後は時間に任せる、というのも重要。
何かを変えれば何かが変わる。
信仰は、そういう心がけには役立つ。

長靴を履くと水たまりに入りたくなる

独身のままでいると老後に入居を断られるから、という理由で35年ローンを組むひとがいる。
それは想像力が豊かと言えるのか、貧しいというべきなのか。
そんな対策をすると、対策が正しいことを無意識に証明しようとしてしまう。
あったかもしれない結婚のチャンスをスルーしてしまう。
対策すると、それが起こらないと対策した意味がないので、それが起こることを望んでしまう。
ぶつけてもいいように、と中古車を買ったら必ずぶつける。
ぶつけないと中古車を買った意味がないから。
長靴を履いていると水たまりに足を突っ込みたくなる。

現状維持を望む世の中。

変化に憧れつつ、変化しないというのがみんな好き。
人間の性質なのでそれ自体は仕方ないけど、これからは変化できないと生き延びられないと思う。

自分探しについて。

前述の、根拠のない罪悪感をなんとかするために自己実現とかわかりやすいものをほしがる。自分探しとか。
自分探しは、自分は自分探しをしている間じゅう変化しないという考えが根底にある。すごろくみたいに。
要するに、過去は変えられないと思っている。
でも、自分の中で解釈を変えることで過去なんていくらでも変わる。
同じ体験でも、あれさえなければ今頃、と悔やむこともできるし、あれは必要なことだったのだ、と感謝することさえできる。
そもそも、自分というのは自分だけでは成り立たない、社会との関係がないと意味がない。
自己というのは自分だけでは実現できない。
相手から必要とされるものを実現するのがキャリアパスだが、それを履き違えて、なりたい自分になることを目指すひとが多い。
自分は他人のために何ができるのか?という問いを持っていない。
誰が自分の能力を必要としているか?を考えられない人間は社会的になんの役にも立たない。
世界に対して自己を形成するのではなく、世界からの求めている声を受信して、それに答える。
対話的な能力が必要になる。

世代で受け継がれるもの

母親が娘をほしがるのは、愚痴を言う相手がほしいだけのことが多い。話し相手が欲しいと、口では言うけれど。
母親のコントロール願望が、娘に受け継がれていく。
幼い頃はわけもわからず愚痴を聞くしかないが、やがてそれを表現できる年齢になると、幼い頃から注ぎ込まれた愚痴が爆発することがある。
でも、自分が傷ついた言葉は体験として正確に習得しているので、自然に出てきてしまう。
どう言う風に言えば傷つけられるかを理解しているから、攻撃力も大きくなる。
そういう言葉は、ある程度パターン化しているというのも習得しやすい要因。
相手個人のことを考えず、パターンの中に当てはめる行為に慣れてしまう。
逆に、子供に気遣いを持って接していれば、気遣われるということがどういうことかわかる子供になるはず。

幸福の条件

自分の世界を持つこと。持てること。持てないのは統合失調症。
秘密をさらけ出すべきという風潮が嫌。
心の二重底、嘘の秘密を二段構えで持っておくくらいでありたい。
そもそも、好きなものを好きだという理由を言葉でうまく言えない、ギャップというか無知の部分が個性である。
そこを出来合いのフレーズで無理やり表現するのは、自殺に等しい。

時間に任せる

中腰、時間に任せる、というのはアリ。
中腰という意味では、半分だけ自分探しというのはいいのかもしれない。
結論は出さないが、世間的に自分はどのあたりにあるかは把握しておく。
中腰、ペンディング、耐える、時間という要素を感じることは重要。
自然に触れるというのも時間を感じるということ、都会の子供が抱える問題が自然に触れることで治るケースは案外多い。

勝手知ったる不幸を望む。

将来設計はしておいた方がいい、具体的にイメージするとそれは実現する。
ただし、強く望んだことは実現するが、望んだ時期には実現しない。むしろ不都合なときに実現する。
反復、酩酊、動いているようで、同じパターンのなかにしかいない人がいる。
同じ失敗を繰り返している人は、同じ失敗を望んでいることがある。
失敗から学んでいないこともあるが、未知への恐怖というのもあると思う。
未知の幸福より既知の不幸。

家族の考え方

家族が増えるというのが結婚のメリット、関係構築の練習になる。
掃除とアイロン掛けは無秩序から秩序が立ち上がる、家事には楽しさがある。
気の持ちようで状況は変わる、宣言してしまうと後に引けなくなる。
いい言葉で自分を縛る。というか、言葉に人間は簡単に縛られてしまう。
嫌なことを口に出してはいけない。
物事はあとから振り返れば「あれでよかった」と思えることもあるけど、それには視野の切り替えが必要。
ショートスパンとロングスパンのできごとのバランスが大事。
育児はまさにロングスパンの代表で、こればかりしている母親はショートスパンのできごとに飢える。
子供の学歴にこだわる、なんてのは自分のなかにショートスパンの事業がないことへの代償行為。

あらかじめ変人だと思われる

他人とは分かり合えっこないという前提のもとで、変人のシールドを張る。
今の世の中では、発信することよりもディフェンスを固めるのが大事。
変人と思って諦められるとあとが楽。

マジョリティにいるのは生存戦略

羊の群れがライオンに追われるときなんかは有効。
母親は子供を弱いものとみなす、だからみんなと同じことをしろと強制してくる。
これからの時代の変化はマジョリティ戦略では生き残れない可能性がある。
集団の端っこにいた方がいいのでは。
真ん中にいると逃げられない。

アカデミックハイ

原稿を書いていると、不意に全部見通せる感覚がある。
惑星直列のような感覚。
だがそれを捕まえるのには助走が必要で、そのためには規則正しい生活が必要。
癲癇の発作に似ている。

言葉の力。

言葉の力の強さ、うまい比喩によって動きがガラリと変わることがある
だからこそ、人を傷つける言葉は注意しないといけない。
えぐるように打つべし、みたいな言葉だけでジョーはジャブを会得した。
言葉の呪力、祝福の言葉の効果は強い。
他人の言葉は合理的でも信じないが自分の言葉は不合理でも信じてしまう。
愛してる、というのは誰にもわからない。愛してると言ってしまったから、という理由で努力できる、人間ってそういうもの。

コミュニケーションとわかり合うことは違う

子供の頃はもっと自分を知っていたような気がするけど、成長するにつれてどんどん自分がわからなくなる。
他人なら尚のことで、家族でも例外ではない。
むしろ物理的な距離が近いぶん、精神的には希薄な方がいいとすら思う。
ただ、分かり合えないものと言いつつも、わかってしまうときがある。
個人が集まって家族になるわけでなく、家族が分裂して個人になる。
コミュニケーションというわかりやすいものを求めてしまい、かえってわかりあえなくなってしまう。
共依存なんかも似たようなもので、本人たちが盛り上がってるぶんには問題ないのではないか
ただ、父、母、子供、というのは関係が硬直しやすい。
基本構成は4つがいい、父、母、子供、叔父(叔母)みたいな感じで。
家庭に流動さをもたらす。親とは異なるモデルを提供できる、子供が考えるきっかけになる。

物事を単純化して原因を探す

結果に対する原因が複合的な要因が積み重なったものであることを認められない。
原因を探すのは原因がわからないことを認めているのと同じ。
街でいきなり殴られて痛い、このときなんで殴ったのかと問うことはしてもなんで痛いんだとはならない、原因ははっきりしているから。
実は不幸に関しても同じことで、不幸の器が溢れると破滅するとして、その破滅に至る最後の不幸はほんの一滴であることも多い。
その前におちょこ一杯だけでも書き出せれば、その破滅は回避できたはず。
具体的には、破滅する前に少し何かを変えるだけで、何かが変化したかもしれない。
掃除するとか。
生理的ファクターは有効、暖かくてお腹がいっぱいでよく眠れて、という状態で自殺を考える人はいない。
南の島にバカンスに行って「気が滅入るなぁ」なんてならない。

病院の仕掛け

医者が偉そう、患者は安っぽい、それがいい。
みっともない存在になれる、つまり心が解放されていく。
ストレスから解放されるということ。
格好つけて威張ってもどうしようもない、先生にお任せしまう、という気持ちになれる。
インフォームドコンセントなんてその真逆で、あれでは治るものも治らない、少なくとも日本では。

健全な肉体に狂気は宿る

体に余裕があると狂っていく、死にかけると治る。
妄想はユニークではない。
なぜならなんらかの疲れている状態を脱するためにわかりやすいものに飛びつくのが妄想なのだから。
わかりやすいということは、パターン化しているということ。
ただし、ユニークでなければいけないが、みっともないのもいけない。
妄想に取りつかれる人は、プライドが高いことが多い。
労働に対して不当に低い評価しか受けないと感じる人も似たようなもの。
過小評価されていると思う人は正味の自分、自分の原点を把握していない。



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