国木田花丸考。高槻かなこさんがパンフレットで言ってたヨハネに対する悪友感を考える。

だいぶん間が空いてしまった。
全部ガルパのせいだ。

ヨハネとの悪友感。

その悪の部分は『ヨハネ』を津島善子との間の秘密として共有する、肯定するものという意味だと思われる。

ところで、アニメでのヨハネがいつの時点で天使であることを諦め、自らを堕天使と形容するようになったのかだろうか。
この点についてはいまいち見えていない。

一般論としては、幼稚園での天使云々からの流れの中で、どこかのタイミング(中学生以前)で自分が天使ではないということに気付いたその反動と、本人の黒魔術趣味とが高度に融合を果たした結果、といったところだろう。

しかしあるいは、あれはあくまで子供の戯言であり、それとは別に、厨二病を拗らせて現在に至るのかもしれない。
はたまた、運が悪いという現実との折り合いをつけるための処世術として、天を追放された(という設定を思いついた)可能性もある。
そんなわけで、ヨハネの主観としての堕天の理由ははっきりとしていない。

いずれにしろ、幼稚園の天使と、現在の堕天使は、花丸さんの中では同じカテゴリに属しているのは間違いない。
どちらも『津島善子』を構成するために必要な要素であり、それ(天使だとか堕天使だとか言い張っちゃうイタい、あるいは無邪気な部分)があってこその『津島善子』である、と認識しているのだろう。
だからこそ、『ずら丸』に対しての『善子ちゃん』という、一風変わった呼び方で、パワーバランスが取られているわけだ。

この呼び方の背景としては、花丸さんにとっては、『幼稚園の頃から変わってない』となり、ヨハネの側は『いやあの時とは違うっつってんだろこのダラズ』と思っていることが窺い知れるので、やはりヨハネの認識としては天使と堕天使はまた別の由来があるのかもしれない。
などと考えることはできるものの、表面上は高校デビュー前の自分を知っている人に対しての反応として想像し得るごく一般的なものなので、定かではない。

ヨハネについても考えてみると、そんな感じでいろいろな可能性が思い浮かぶが、そんなことはさておき本題にうつろう。

悪友の根拠。

何をして高槻さんが花丸さんをそう表現したかというと、ヨハネがクラスメイトに占いを披露しようとしたときに、どうみてもやりすぎているのを止めなかったシーンである。

確かに、止めようと思えば、魔法陣の布を取り出したあたりでいかにも暴走し始めており、その気になれば止められたはず。
それを、ロウソクに火を付ける所まで含めて見守っていたのは、ヨハネに対して『むしろそうあってほしい』と考えているがゆえ、である。
ということだ。

つまり、花丸さんにとってはヨハネの『ヨハネ』こそが『善子ちゃん』である、と考えられる。

悪友。正確な意味を認識していないので、調べてみた。

1 交際していてためにならない友人。悪いことを共にする仲間。⇔良友。
2 特に仲のよい友人や遊び仲間を親しんでよぶ言い方。「学生時代からの―」
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/2968/meaning/m0u/

まったく異なる意味を持つ言葉であるようだ。
単純に考えれば、2の、特に仲のいい関係として使っているように感じられる。

だが、本当にそうだろうかと考えると、ヨハネにとっては、花丸さんは1の意味での悪友だったときがあるのでは、と気付いた。

ためにならない友人。

それは、ヨハネのAqours加入前の段階である。要するに5話だ。

あの時点では、ヨハネは(あれでも一応)『まともになりたがっていた』。(はずだ。たぶん)
しかし『やっぱり善子ちゃんはこうでないと』と言わんばかりに、止めてくれと言われても、モブが軽く引いている程度では動こうとしない。

言うなれば、依存症に対するイネーブラーじみた行動を取っているといえる。
この時点では確かに、花丸さんはヨハネにとって、悪い意味での悪友と言えるだろう。
この表現が責任転嫁かどうかはともかくとして。

もちろん、本当の自分を出すべきではないという思い込みに囚われていればこその解釈であり、あくまでヨハネの視点から見た話ではある。

6話以降はいい意味での悪友か。

5話では悪い意味での悪友であるとして、6話以降はその解釈は当てはまらなさそうだ。
6話冒頭こそ普通という概念に打ちのめされていたものの、それ以降ではまさに本領発揮ぃ……ですかねえ……とでもいうべき奔放さを見せつけている。
それ以降の花丸さんとのやりとりを見ると、だいたい以下のパターンで構成されている。

  • ヨハネからは『善子ちゃん』や『食べていること』へのツッコミ
  • 花丸さんからは『空気を読まない発言』ブレイカー

いずれにしろ、2人の関係はいいコンビとなっており、いい意味での悪友という表現がしっくりとくる。
一緒にバカなことをしているだとか、凸凹コンビだとか、そういうイメージだ。

窓ガラスに貼りついてたあの頃。

ところで一緒にバカなことをやっている、で1つ思い浮かんだことがある。

君のこころは輝いてるかい?のPVだ。

あの映像の中で、音楽室でピアノを弾く梨子を窓ガラスに貼り付いて見つめる、というなんとも衝撃的な登場をしたのが花丸さんとヨハネだった。

そういえばあの時点では、よもや花丸さんとヨハネが幼馴染という解釈が存在しようとは夢にも思わなかった。
2人が幼馴染であるという解釈を元にして、あのシーンをいま一度咀嚼してみるのも、面白い試みかもしれない。

手前味噌ながら、G’sを元に咀嚼したSSを書いているので、気が向いたら読んでみていただけると喜ぶ。

むすび:2つの意味での悪友。深い……かもしれない。

というわけで、長らく間の空いた高槻さんのインタビューについて思いを馳せた。
ヨハネに対する悪友というのは、悪友という言葉を調べてみるとどうやらどちらの意味でも当てはまる、まさにアニメ版の2人の関係にふさわしい表現であることがわかった。

……いや、そもそも高槻さんは悪い意味では使っていないのかもしれない。
だがそれでも、どちらの意味でも当てはまる表現を選んでいるというのは面白い。

かもしれない。

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