なにがいいたいの

ヘドロに棲む魚は臭い。
それは魚の責任じゃない。
人間が悪い。
まあ、食べなければいいだけだ。
臭いことを悪いとするのは人間の都合なんだから。
ところでブラックバスの身は臭くないのって今は浸透してるのかな。

だけど人間だったらこうはいかない。
劣悪な環境に住む人間だったら。
特に、学校なんて空間に閉じ込められたら。
どれを先手と見るかはさておき、何らかの攻撃は生まれるだろうな。
それ自体は悪いことではないはずだが。
それを元に何かを変えることができれば。

でもまあ、それを伝える機会は全力で取り上げられた。
あーあ。

0か1かで考えるのはよろしくないと思う。
0と1のどっちだろうかと考え続ける(結論を出さない)ことは
必要だと思うが。
物事の定義には、多くの場合、いくらかの誤解を含んでいる。
というか多少の誤解の可能性に目を瞑らないと定義なんてできない。

目的のために手段を選ばない組織を何と呼べばいいんだろうか。
犯罪組織だろうか。
警察組織だろうか。

例外のない規則などないという規則があるかないかというのは
言葉遊びとして優秀だけど、この言葉が本当に優秀なのは、
二元論では規則を語れないということを証明している点だ。

でも現実にはなんらかの基準が必要で、実際にいろいろと
作られている。
それらは、基準だから基準なのではなく、基準が必要だから
基準になっているだけ、なのだが。

たまにそれを取り違える人が出てくる。
というか普通の人間はみんなそうだけども。
基準を作った瞬間、それは基準だから基準なのだ・・・
要するにそれに従っておけばいいんでしょ?
という人間の弱さとか甘さとか、そういうものが依存する
対象になってしまう。

あとはあれだ。
定義した瞬間に、仮想敵のはずのそれに現実的な解が
必要になってしまう。
ああ、あれがそうだったのか。
そう思いたいだけの欲求の犠牲者が出てきてしまう。

まあ最近の児ポの話だが。
そしてこの話についてはもっと根本的なところに
問題があるわけだが。
騒いでいるのはいつも的外れな部分だ。
騒がさせられているだけなんだろうな。

どっちが勝つのかは知らないし、勝手にやってくれって
感じではあるが、詰みは近いんじゃないか。

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